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私は昭和20年、疎開先の長野県で生まれ、昭和21年暮れには現在の芝4丁目(当時の本芝3丁目)に引っ越して53年がたちます。
昭和41年5月に青天の霹靂、父が肺癌で後10ヶ月ほどの命と告知され手術をすすめられました。しかし、父は手術をせずに断固として癌と闘いながら事業に執念を燃やし続けました。今ほど医療技術が発達していない時代であり、それこそ癌細胞の増殖との闘いは壮絶そのものでした。
昭和43年3月、それは私の大学卒業の年でした。ついに肺癌告知から1年10ヶ月にわたり頑張り通して、事業を推し進めながらの病魔との苦闘が終わりを迎え、あの世へ旅立ちました。それで、社長を母が10年間務め、その後、私が社長になり現在に至っております。
これもひとえに格別のご温情とご愛顧をいただいておりますお得意様の皆みなさまのお陰によって今日の原工具があるのだと深くふかく感謝している次第であります。心から御礼申し上げます。
父は大正5年、長野県で生まれ、小学校を卒業後、井原商店さん(現井原精工機株式会社)にお世話になり、昭和17年11月に独立させていただきました。
父から常に何事も「三方良し」を考えて行動するように教えられ、また、病に臥せってからは「お金は銀行から借りなさい。知恵は人様から借りなさい。しかし健康だけはどこからも借りられないな」と言ったことを肝に銘じ、健康を第一に、さらには社会に貢献できる会社に発展するように努力しております。
今後ともご叱正、ご指導のほどよろしくお願いいたします。
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